退職した社員のボーナスを減額することは法的に可能か
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新潟県のデータによると、新潟県内に所在する規模5人以上の事業所において、令和2年の1人あたりの平均月間現金給与総額は28万5794円であり、前年比3.6%の増加となりました。
転職などにより退職する予定の従業員について、「今後に会社への貢献が期待できないため、ボーナス(賞与)を支給したくない」と考える経営者の方も多いのではないでしょうか。
ボーナスの支給ルールは、法律ではなく、就業規則や労働契約の内容に従います。退職者のボーナス減額が認められるかどうかも、就業規則や労働契約の規定をふまえて判断しなければなりません。
適法に退職予定者のボーナスを減額するためには、事前に弁護士に相談することをおすすめします。本コラムでは、退職予定の従業員のボーナスを減額することの法的な問題点について、ベリーベスト法律事務所 新潟オフィスの弁護士が解説します。
1、退職を理由にボーナスを減額することは法的に可能?
退職する従業員に支給するボーナス(賞与)を減額するためには、就業規則や労働契約のルールに従う必要があります。
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(1)賞与を支給する法律上の義務はない
従業員に支給する賃金については、労働基準法でルールが定められています。
しかし労働基準法では、会社に対して従業員へのボーナスの支給を義務付ける規定は存在しません。
したがって、従業員にボーナスを支給するかどうか、いくら支給するかなどは、労働基準法の問題ではないのです。 -
(2)賞与の支給は就業規則や労働契約のルールに従う
ボーナスの支給は、会社にとって労働基準法上の義務ではありません。しかし、従業員との間でボーナスの支給を合意している場合には、「労働契約上の義務」になります。
労働条件は、就業規則によって全従業員一律に適用されるものと、個別の労働契約によって定められるものの2通りに大別されます。
ボーナスの支給についても、就業規則と労働契約のルールが適用されることになるのです。
就業規則や労働契約のルールに反して、会社にとって都合の良いようにボーナスを減額することは違法です。
他方で、就業規則や労働契約のルールの範囲内であれば、ボーナスの減額も認められる余地があります。 -
(3)賞与には「将来への動機付け」という意味合いもある
一般的に、会社が従業員にボーナスを支給する目的は一つではなく、以下に挙げる要素などが複合的に組み合わさっているケースが多いといえます。
- 過去の貢献に対する報奨
- 会社の利益の従業員に対する分配
- 将来への動機付け
特に、従業員が将来にわたって会社に貢献してくれるようにモチベーションを与える「将来への動機付け」という観点は、ボーナスを支給する目的の中でもかなり大きな要素となっているでしょう。
しかし、退職する従業員には「将来への動機付け」をする必要がないために、経営者としては「退職者に支給するボーナスは減額したい」と考えることになるのです。
ボーナスの金額を計算する際に各要素をどの程度重み付けして反映するかについては、会社によって異なります。
就業規則や労働契約に定められるボーナスの計算方法等に照らして、「将来への動機付け」に相当する金額については、退職する従業員に支給するボーナスから減額できる余地があると考えられるのです。
2、退職する社員に支給したボーナスの返還を求めることはできる?
一度支給したボーナスを、退職を理由にして返還するように強制するのは違法です。
任意の返還であれば認められますが、実質的に強制と評価されて、違法となるケースも多いので注意しましょう。
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(1)就業規則等でボーナスの返還を義務付けることは違法
支給済みのボーナスは、労働の対価として従業員がすでに受け取ったものであるため、従業員に返還を義務付けることはできません。
就業規則や労働契約で、「退職が決まった場合には、支給済みのボーナスを会社に返還すること」などとルールを定めるケースもあるようです。
しかし、このようなルールは、退職時の損害賠償額をあらかじめ定める内容であるため、労働基準法第16条の「賠償予定の禁止」に抵触して、違法・無効となります。
したがって、たとえ就業規則や労働契約において、退職時にボーナスを返還すべき旨のルールが定められていたとしても、それを根拠にして従業員に対してボーナスの返還を求めることはできません。 -
(2)任意の返還であればOK|ただし強制とみなされるおそれあり
従業員がボーナスを辞退して、会社に対して任意に返還することは可能です。
しかし、「任意」という建前を取っていたとしても、「会社が圧力をかけたのではないか」と疑われる余地は残ってしまうことが多いでしょう。
一般に従業員は、会社に対して弱い立場にあります。そのため、従業員側から「返還を強制された」と主張された場合、強い立場にある会社は、従業員に対する返還を強制したとみなされる場合があります。
後日にトラブルに発展することを防ぐためには、従業員側からボーナスの任意返還の申し出があったとしても、会社としては断ったほうが無難であるといえます。
3、退職を理由に不当にボーナスを支給しないとどうなる?
就業規則や労働契約の根拠なく、退職する従業員のボーナスを不当に減額してしまうと、以下のペナルティーを受ける可能性があります。
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(1)労働者から未払い賞与の請求を受ける
減額後のボーナスと、本来支給すべきだったボーナスとの差額は、法律上は「未払い賃金」という取り扱いになります。
したがって、通常の賃金についての未払い賃金と同じように、従業員は会社に対して、未払いのボーナスを支払うように請求することが可能です。
会社が拒否した場合には、労働審判や訴訟などの法的手続きによって、従業員が強硬に支払いを求めてくる可能性が高いでしょう。この場合、会社には、法的手続きの対応として、弁護士に依頼する場合の弁護士費用や、裁判の結果いかんによっては、金銭的な負担を強いられる可能性もあります。 -
(2)労働基準監督署による行政指導・刑事処分の対象になる
ボーナスを含めた賃金の未払いは、労働基準法違反に該当するため、労働基準監督署による行政指導や刑事処分の対象となります。
従業員から申告(労働基準法第104条第1項)が行われた場合には、労働基準監督署による臨検(同法第101条第1項)等が行われた後に、違反の実態に応じて行政指導や刑事処分がなされる可能性があるのです。
実際に刑事処分を受けてしまうと、会社の社会的評判が大きく毀損されてしまう事態になりかねません。
また、行政指導にとどまる場合でも、労働基準監督署への対応に時間と人員を取られることは、会社にとっては損失になるでしょう。
4、退職者のボーナスを減額したい場合のポイント
退職者のボーナスを減額する場合、就業規則や労働契約書記載の規定をふまえて、減額が違法であると指摘されないように注意深く対応しましょう。
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(1)退職による減額があり得る旨を就業規則・労働契約書に明記する
学説は、賞与の支給日以降の一定期間中に退職を予定する者の賞与支給について不利益に扱う条項について無効説と有効説に分かれています。裁判例は、有効説に立っており、賞与の受給要件として一定期日までの在籍を要件とすること自体は違法ではなく、それが契約内容として合意された場合は、有効と解しています。ただし、裁判例もその有効性についてはかなり厳格に解釈しており、実質的に従業員の賃金を不当に奪う場合には、無効となるとしています。
したがって、退職によるボーナスの減額についても、就業規則や労働契約書上、実質的に従業員の賃金を不当に奪わないような条項を明記する必要があります。 -
(2)先例を踏まえた減額幅に抑える
ボーナスには、従業員の将来的な貢献への動機づけという目的もある一方で、「過去の貢献への報奨」や、「会社の利益の分配といった目的」も併存しています。
退職予定の従業員についても、過去には会社に貢献してきた実績があるでしょう。したがって、ボーナスの全額または大半を支給しないことは、不当だと評価されるおそれがあるのです。
(1)で述べたとおり、実質的に従業員の賃金を不当に奪う場合には無効となります。
減額幅について明確なルールを定めていない場合、弁護士に相談の上、先例を参照して減額幅を決定するのが無難です。また、今後のために、減額幅を明確にしたルールを定めることをおすすめします。 -
(3)弁護士に相談する
退職予定の従業員のボーナスを減額すると、後に、従業員との間でトラブルになる可能性があります。
その際、減額の根拠が曖昧・不当な場合には、会社は不利な状況に陥り、従業員に対して多額の支払いを命じられたり社会的評判が毀損されたりするおそれもあるのです。
このような事態を避けるため、退職予定者のボーナス減額を検討する際には、弁護士に相談して十分な法的検討を行うことをおすすめします。
5、まとめ
退職予定の従業員のボーナスを減額することは、就業規則や労働契約のルールの範囲内であれば、一定程度は認められると考えられます。
ただし、就業規則や労働契約上の根拠がない減額や、過去の貢献を無視し、実質的に従業員の賃金を不当に奪うような幅な減額を行うと、従業員との間でトラブルに発展するおそれがある点に注意が必要となります。
ベリーベスト法律事務所では、退職予定者への対応を含めて、企業の労務管理に関するご相談を随時受け付けております。
新潟県で企業を経営されており、退職予定者へのボーナスの支給等やその他の法務・労務の問題でお悩みの方は、ベリーベスト法律事務所 新潟オフィスにまでご相談ください。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています